高知県安芸市 地域の農業で生きる

藤原君のお母さん「まさゆきの自立を祈ってます」

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いよいよ明日、高知へ

京都での生活もあとわずかになりました。フッジーです。

明日の朝、高知へ旅立ちます。

こちらでもいろいろな方に出会い、お話しし、また一ついい経験ができました。

感謝です。

残りの時間、しっかり楽しみたいと思います。

 

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いまのわたし。

およよです。

今日2018/09/04、

偶然、本当に久しぶりに以前お世話になった人に出会った。

当時、わたしはある中学校の図書室に学校司書として勤務していて、

その人はベテランの教師だった。もう、20年以上も前のことだ。

その先生とは、当時特別に親しく会話をさせていただいていた訳ではなかった。

なのにわたしは、「いま」のわたしの境遇を話した。

あれから、中学校から大学図書館へ変わったこと、

6年前、人間関係から来る強いストレスで強迫障害になり、

大学図書館をやめざるを得なかったこと、

それから6年間、ずっと自宅にいること、など、

なぜか今日、その先生には素直に話せた。

そして、別れ際にその先生は笑顔で、自分の胸を指差して、

「ぼくに出来る事があったら、いつでも、なんでも、言ってくださいね。」と言ってくださった。

うれしかった。

ほんとうにうれしかった。   涙が出そうだった。

会話は、ほんの、10分間くらいのものだった。でも、そのあと、

その先生の言葉の余韻は夜になった今も続いている。

こういうのを、ちょっとした「幸福」というのかもしれない。

「言葉」で、人を殺すこともできる。でも、

「言葉」で、生かされることもあるんだと、本当に久しぶりに思えた。

またいつか、投稿しますね、おやすみなさい。

 

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高知 桂浜に行って来ました。

メンバー5人といきました。高知の居場所のメンバーとも

交流をしました。「夜明け近いぜよ」

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ほんとーのわたし。

わたしはいま、49歳、およよです。

2018年8月18日、

市民の会エスポワール岡山(中高年を中心とするひきこもり当事者の家族会)に行ってきました。

わたしは6年前、人間関係の強いストレスから仕事をやめました。

そして6年後、

仲間の会、チョーゴーキン岡山の立ち上げに出会いました。

ひきこもり、と一口に言っても、一人ひとりの心もようがあります。一人ひとりの生きている姿は、それ自体がとても尊いものであり、勇姿であると思います。

今、わたしの生き方は、人にじまんするような点が少ないかもしれませんが、わたしは、自己満足しています。

と、いうわけで、

またいつか投稿しますね。

 

 

 

 

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初めまして。世話人のフッジーです。

岡山の世話人のフッジーです。

子供のころからひとりぼっちでいじめられっ子でチョーゴーキンになりたいと

強く憧れてました。

このブログが皆さんにとってのチョーゴーキンになれたらいいなと思ってます。

よろしくお願いいたします。

 

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私は幼い頃から人と向き合うことができませんでした。

私は幼い頃から人と向き合うことができませんでした。自分の思っていることや気持ちを素直に出すことが、こわくてできずに、周りの人の都合に合わせた自分を作りだし、それを出していたように思います。対等な関係というのが、体でわからないままでいます。

それで、表面上は、人間関係がうまくいっているように見えるのですが、無理やり作った自分を出しているため、どうしても心がボロボロになり、しんどくなって、表情も疲れた憔悴したようになり、人間関係が、苦しくなってしまい、人と会うことに疲れ果て、ひきこもってしまいます。
そのうちに、自分の感情が自分でわからなくなってしまいました。
私は、今、37才になるのですが、人とあまり向き合うことなく生きてきたので、人との距離の取り方や、その場その場におけるふるまいが、わからなくて、自信もないので、人や社会がめちゃくちゃこわいです。人と会うと、精神が押し潰される感覚になります。それが体に出てきて、肩こりになったり、表情がひきつってしまいます。そして、その場にいたたまれなくなって、フッといなくなってしまいます。
高校を卒業するまでは、何とか通えたものの、大学に入ると、履修の仕方など、わからないことが出てきたときに、それを聞けなくて、自分の中だけで抱え込んでしまい、苦しくなって、結局、中退してしまいました。人に甘えたり、頼ったりというのが、すごく抵抗があったのです。
もっと言うと、人の中で安心ができないのです。
山田さんが書かれた『笑いと悲しみと共に生きたい』の中に、「何で俺を産んだのだ 俺の人生返せ」「産んだ親の責任だ。責任とって俺を殺してくれ」とありますが、その言葉にすごく共感しました。時々、強烈に「何で私は、あの親の元に産まれてきたのだろう」と自分を産んだ親に怒りがこみ上げてくることがあります。過去を思い返して、あの時、家族が、自分に、こう接してくれていたら、よかったのにとか、死ぬほど思うことがありますが、思い返しても仕方ないです。一方で私も40代間近になり、親も70代近くなり、親に申し訳ないという気持ちも感じています。今のひきこもっている自分自身を責めてしまいます。いっそ、この世から消えたいとも、思います。
今の私には、死ぬか殺すかの選択肢しか見えてない気がします。
そんな中、『笑いと悲しみと共に生きたい』を読んでいて、色々な方々の苦悩に触れるにつれ、苦しいのは、自分一人ではないのだとわかり、少し楽になりました。
必要なのは、同じことで悩んでいる仲間なのだと思いました。
仲間の中で生きるエネルギーは、つくられるのだと、この本を読んで感じました。
新たな苦悩の誕生を願って
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山田くんです。はじめまして

こんにちは。新しいブログできました。

京都、兵庫のメンバーから、岡山のみなさまへ。

ささっきぃ、高倉くん、きょんちゃん、島田くんです。

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仲間の会 チョーゴーキン岡山のサイトを公開しました。

本日(8/19)、仲間の会 チョーゴーキン岡山のサイトを公開しました。

よろしくお願いします。

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