二人の変死体。

東京の大手の新聞記者から電話をもらった。8050問題を背景にある「二人の変死体」を調べていると。私の著書・親の死体と生きる若者たちを読まれたようで、「もう、手遅れだ」という記述が印象的だっと教えてくれた。事件性がなければ警察発表はないだろう。今年の4月ごろ京都市の桂(西京区)でメンバーさんからの連絡で80代の母親と50代の息子さんが亡くなられていたと。発見されたのは死後10日後だろうとおもわれる。もしそうならば屋根の下であっても「野たれ死」に等しいかもしれない。私たちが気がつかないだけで、いたるところで草木が朽ち果てるように亡くなっている人がいるだろう。背景には自立を目指した子供と自立させられなかった親たちの壮絶なひきこもりの苦悩を感じられる。8050問題を貧困問題という人は いわゆる上からの目線で、貧困問題の施策では解決できないだろ。だから私は「もう、手遅れだ」と書いたのだ。

 

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記録して記憶することの一考察。 山田孝明

8月25日京都のライフアートに関西、西日本の関係者が集まり市民の会エスポワールの法人化に向けての総会が開かれた。私にとっても活動に対する色々な考えが整理できた時間ともなった。

高齢化した家族とひきこもりの若者たちへの支援の課題は私たち民間団体としてもとてもむつかしいところがあると考えている。行政機関の方がこの問題に取り組めば支援が速やかに行くかもしれないと。それでも私が8050問題に関わり続けているのは何故かと自らに問いかけてみた。それはこの問題に対して「記録して」「記憶」したいという思いがあるためです。関西、西日本を中心に家族たちの苦しみの声に接して、私自身の無力感と

絶望感を持つ。しかし私のできることは彼らの声を記録して記憶することはできる。戦争末期、特攻兵として戦地に向かう若者たちの家族に宛てた手紙や手記が残されている。記録から後世の人がこの時代がどんな時代であったか考察する手がかりとなるのだ。私はすこしでも多くの方の手紙や手記や見たこと感じたことを残したいとおもっている。屋根はついているが野ざらしのように命を尽き果てた人々の記録と記憶は最も大切だ。何百とも記録したい。私たちが生きた時代がどんな時代だったか後世の人が検証できるように何百という記録を集めたい。

今、私にできることはと問われれば、「記録して」「記憶」することだと答えたい

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高知若者を元気にする会にて

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福岡 久留米市 町田君の体験発表

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せめて老いた親と子が

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5月11日 毎日新聞大阪版にて

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ひきこもりの方々が親の死に遭遇した時

ひきこもりの方々が親の死に遭遇した時

ひきこもりの子どもが、親が亡くなった時、どうすることもできず、結果として警察に死体遺棄事件として逮捕される、ということが起こっている。例えば、2018年4月に神奈川県で49歳の男性が76歳の母親が亡くなった時、死体遺棄容疑で逮捕された。

 

京都市東山区で全国のひきこもりの方々を支援している山田孝明氏によると、「ひきこもりの人々は、今まで社会に背を向けてきた人たちである。なぜ彼らが親の死に際して、葬式という社会的な儀式をすると考えるのか。」とのことである。

 

たしかに冠婚葬祭とは、最も社会的な活動と言えるだろう。他者の特別な出来事に対して、集まり、祝ったり、弔ったりするのは人間的な行いである。

アリストテレスは、「人間は社会的動物である。」と書いた。

 

しかし、ひきこもりの人々は、結婚式などのお祝い事には、家族・親族から呼ばれず、あるいは呼ばれても行けないというケースもある。前述の山田氏の語るように、なぜ親の葬式だけは行うのが義務とされるのか。

 

必死で生きてきたひきこもりの当事者の方々と親の方々が、親の死という出来事に際し、警察に逮捕されるということは、私は許せない。社会の側も、ひきこもりの方々やその家族の方々に「背を向けてきた」のである。親の死という出来事に限り、社会が引きこもりの方々に介入してきて、罰を与えるというのは、不公平なことではないだろうか。

山田氏によると、山田氏の電話には、引きこもりの方々から、「親が亡くなりました。」という相談がかかってくるという。山田氏の様な支援者に会えているということ、電話ができるくらいのエネルギーがあるというのは不幸中の幸いであると思う。

 

完全に孤独な状態のひきこもりの方々、社会と関わっていないひきこもりの方々が、親の死に際し、どうしたらいいのか分からない、というのは容易に想像ができることである。

私達はひきこもりの方々が親の死という出来事に遭遇した時に、社会から罰せられるのではなく、「葬式という社会的な儀式」ができるように手伝いをしたいと考えている

投稿者 西川 和弘

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親の死体と生きる若者たち

時代の叫びに、こころ掻きむしられる日々

 

〈著者紹介〉

山田孝明(やまだ・たかあき)

1953年名古屋で生まれる。

1994年京都市東山区に若者の居場所ライフアートを設立する。京都・大阪・神戸・名古屋と各地に「オレンジの会」を立ち上げる。奥山雅久氏と共にKHJ全国ひきこもり家族連合会を設立する活動に参加する。現在は40代50代のひきこもりの子供を持つ家族に特化して「市民の会 エスポワール京都」を主宰する。京都・名古屋・岡山・兵庫・広島と関西西日本を中心に家族の勉強会・講演活動をしている。

〈書籍情報〉

書 名:『親の「死体」と生きる若者たち』

著 者:山田孝明

定 価:1400円(税別)

判 型:四六判並製 216ページ

ISBN :978-4- 7926- 0651-0

発売日:平成31年3月20日

発 行:株式会社青林堂

※詳細はhttp://www.garo.co.jp/comic/aum.htmlまで

 

〈主な内容〉

  • 統計の対象外になっている40代以上のひきこもりは17万人以上。
  • 社会に認識されない40代50代ひきこもりの親たちのやりきれない思い。
  • 8050問題は、高齢の親を死ぬまで苦しめ、子供も苦しむ。
  • 母と娘が誰にも気づかれず……。孤立する親子の行き着く先。
  • 親が亡くなり、息子は死体遺棄で逮捕。親子心中で懲役刑というケースも!
  • 親より先に死ぬことが親孝行!? 50代ひきこもりの悲痛な本音。
  • 支援活動の現場から。50代ひきこもりも変わることができるか。

 

【本件に関するお問い合わせ先】

株式会社青林堂

Tel:03-5468-7769 Fax:03-5468-7369

Email:japanism@garo.co.jp

担当:上原(かみはら)

 

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お蔵入りになったインタビュー記事とその後

「お蔵入りになったインタビュー記事とその後」

 

 

記者として取材させていただき心に深く残った出来事がありました。

山田さんにお誘いいただき某市で開催された8050問題の当事者の集いに

参加しました。そこで出会ったのが、70代の母親Aさんと40代のひきこもりの息子さんです。集いの語りの中で「死ぬような思いでここへ来た」と話す息子さんの言葉が気になり、終わったあと話を聞きに行きました。その時の息子さんは本当に言葉少なな様子。

一方お母様は朗らかで話しやすい雰囲気の方でした。じっくり話を伺うため後日改めてインタビューをお願いします、と厚かましいお願いをしてから1月ほどたち、お母様の取材が実現しました。

しかし聞けば息子さんには一切言わずに来た、くれぐれも伝えないようにとおっしゃいます。人物特定が出来ないよう細心の注意を払って記事化することを約束しました。

そののち1週間程、いよいよ記事にするぞ、という日の朝のことでした。お母様から携帯に電話が入りました。「やっぱり私が話したことは記事にしないでください。もし息子にわかったらどうなるかわからない」。切羽詰また様子にびっくりした私は、インタビューの掲載を取りやめる事を決めました。8050の当事者である親と子がギリギリの状態の中、なんとか踏ん張って生きていることがやっと実感として迫ってきました。残念ではありますがインタビュー記事はお蔵入りとなりました。

ところがそれで終わりではありませんでした。1年近くたったつい最近、とても嬉しいことが起きたのです。

ある夜、また携帯電話が鳴りました。知らない番号です。誰だろう?と思って出てみると

Aさんの息子さんからでした。1年前と打ってかわって声が元気です。そして、家を出て自立しようとしていると話してくださいました、そして取材に応じてもいいと。なんと嬉しいことでしょうか。その数日後には仕事が決まったという連絡もいただきました。

1年のうちに一体どんな変化があったのでしょうか。

「死ぬ思い」で出てきた集いが1つの大きなきっかけであったことは間違いありません。

近くAさん親子に取材に行きます。今度こそ記事が掲載できます。親子の体験談はきっと誰かの背中を押すきっかけにつながるはず、そんな一助になれたらこんなに嬉しいことはありません。

 

(ジャーナリストM・Y)

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今からできることを、今かんがえる  石川 智

元・引きこもりFPからの提言 ~今からできることを、今考える~

福祉ファイナンシャル・プランナー(FP) 石川智

20代の私を反面教師に

今でこそ講演で多くの人の前に立つこともあるし、地元のテレビ番組に出てしまっていたりするが、私、実は20歳~22歳にかけて「プチ引きこもり」をしていた。当時の私は、大学受験に失敗し、地元を離れて、世田谷にある下宿で浪人生活をしていたが、段々と予備校に行かなくなり、1浪で臨んだ受験は全敗してしまった。

親には希望を持たせてしまっているのに、それを全く実現しようともしない自分を卑下しながら、徐々に私は下宿先の自分の部屋から出なくなっていった。夜間の銭湯や、深夜のコンビニには行けるが、予備校は当然のこと、「昼間に人に会う」なんてとてもできなくなり、段々と友人が減り、さらにまた部屋に閉じこもる、という生活になってしまったのである。

幸いだったのは「親と離れて暮らしていた」ことだったが、親の脛をかじり続ける自分に嫌気はさしてはいたものの、そこから一気に脱出する気力もなく、2年が過ぎてしまった。そんな私も3浪目にはさすがに「まずい」という気持ちになり、何とか2校を受験して、何とか合格した。その後、何とか大学を卒業して、地元高知で就職。その後様々な経験を経て、現職になったというわけである。だから引きこもり当事者の気持ちは、なんとなくは理解できるし、サロンなどで、部屋から出てきた当事者の話を聞くと、共感することもある。

私は「なぜ引きこもったのですか?」という質問には今でも回答できないが、「なぜ途中で出てきたのですか?」という質問には答えられる。それは「私の2年間を深刻に捉えないでいてくれる友人がいた」ということに尽きる。この2年で沢山の人が私から離れたが、その友人は、しつこいぐらい、決して私から離れてくれなかった。むしろその2年間を「心にちょっとした怪我をした」程度に捉えてくれた友人のおかげで、私はなんとなく「出る」ことができた、と今では思うのである。

リ・スタートを切るにあたり

この友人の立ち位置を冷静に分析すると、本人にとって重要なのは「何時でも部屋から出られる環境が、その時に確実にある」ということだ。この「部屋から出られる環境」とは、「出た時に普通に受け止めてくれる安心感」、そして「何時でも再スタートしていいのだという寛容さ」ではないかと、経験上思う。こうした周りの「ほんの少しの配慮」があれば、引きこもり当事者は、いつかそこから脱する可能性があると言える。

そうして部屋からでた本人に待っている課題は、「生活していくお金」と「生活していくスキル(ソーシャルスキル)」であることは言うまでもない。

ここで重要なのは、「現に暮らしていける」ということと「周りから疎外されない・繋がりを持てる環境にする」ということである。前者に代表されるものが「料理がある程度できる」ことであり、後者の代表が「最低限の掃除ができる」ということである。

料理ができる人は、買い物もできる人と言える。この二つができると、生活にかかるコストが計算しやすくなる。つまり、概算で1カ月にいくらで暮らせるかがわかる。ここからさらにどれくらいの就労が必要なのか、収入が足らない分を親などがどれくらい準備しておくことになるか、などの具体的な「お金」の課題が見えてくる。逆に言うと、料理や買い物ができないと、この「お金」に関する部分は、不鮮明なままになり、本人も、親も、支援者も具体的な就労支援や相続対策に取り掛かれないのだから。

そうして仮に生活を始めたとしても、掃除がある程度できないと、必然的に住環境が悪化し、ごみ屋敷化する危険性が高まる。本人はそれでも「暮らせる」かもしれないが、問題なのは、そうした住環境になると、支援の手が入りにくいという点にある。ごみ屋敷には人はなかなか近づかないのは、誰もが経験上わかっていることであるからだ。その意味からも、掃除やゴミ捨てができるようになっておくことが、重要なスキルと言える。

 

最後に専門家として伝えたいこと

80-50の現実的な課題に「親に何かあった時に、本人のお金は大丈夫なのか?」ということがある。これを「親なき後の心配」と言うが、先述した「生活費をどう計算して、不足分をどう補うか」を本人、家族、支援者で共有しておくことが重要になる。本人ができることと、家族ができることと、支援者ができることは同じことではなく、それぞれが「自分に今できること」を取り組むことで、この「親なき後の心配」は軽減されていくのである。

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