8050問題に思いを寄せて   目良宣子

「8050問題」に思いを寄せて(雑感)

 

私が保健師活動の一環としてひきこもり支援活動に携わるようになったのは17年前です。その当時17歳の青年は34歳、39歳だった方は56歳になっておられます。

ここで何を伝えたいかと言うと、支援を受けようが受けまいが、この問題に関わろうが関わるまいが、私たちは確実に年齢を重ねていっているということです。そしてこの問題の自然解決を望むことはかなり厳しいことであり、家族は長い年月血のにじむような苦悩と戦い、本人もまたそのことで暗闇から抜け出せずに存在しているのです。

ひきこもり支援活動に出会うことがなかったら、私は今も市役所の保健師をしていたことでしょう。間もなく還暦を迎え、静かな老後のための準備をしていたかもしれません。

私を突き動かしてくれたのは、ひきこもり支援活動7年間に出会ったご家族の人生模様や青年の言葉少ない語りだったと思います。市役所を退職して早10年が過ぎましたが、その頃願わくはこの問題が終結し、ご家族もご本人も自分らしさを失わずに豊かな地域生活を送ってほしいということでした。

ひきこもりガイドラインが示された頃は、多様なひきこもり状態を的確にアセスメントして、適切な社会資源につないでいくことが望まれました。今も基本はそうであると考えていますが、ひきこもりの長期化に伴い、世の中は医療モデルから福祉モデルへと変化してきているように感じています。果たしてこれでいいのでしょうか。

この10年、少しずつ支援のすそ野は広がってきたとは思いますが、障害児者や高齢者の支援のようにはいきません。子育てや介護の社会化ということから、法整備や政策プランが展開されてきたとはいえ、社会保障費の伸びに対して税収が追い付かず、将来に不安を抱えている人々が増え、格差が広がってきているのが現実でしょう。

そのような中で、ひきこもり支援にも同等の制度や施策を望むことを、現在の社会は許容してくれるのでしょうか。支援の先延ばしは、ますます生活困窮者を増やしてしまうことになり、先の見えない社会をつくってしまうことになるのではないでしょうか。このことはかなり前から予測できたはずです。

正確な実態調査がいまだできていませんが、これまでの調査結果から概算で社会の損失額を計算してみても、予防の視点から早期に支援を開始すべきことはもはや明白だと考えます。いつまでも先延ばしにしないで、早急に制度化して対応策を考える必要があると思います。

支援の先駆者たちは、皆さん予測していたでしょう。山田孝明氏のように、辛抱強く支援し続けてくださる方は貴重な存在だと思います。全国各地に家族会を立ち上げるそのエネルギーに敬意を表しますが、個人の力に依存するだけでは、先細りになる可能性があります。

やはり自助・互助・共助・公助すべてをそろえた仕組みづくりが必要となるでしょう。行政も本気で対策を考えていくときがきたと思います。誰ひとりこぼさない、一人一人を大切にする町づくりこそ、活気ある町になるのだと期待します。この本を手にされた方が、勇気をもって声をあげてくださることを願わずにはいられません。

 

山陽学園大学(元田辺市保健師、平成13年1月~20年3月まで田辺市ひきこもり相談窓口担当)目良宣子

 

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