今からできることを、今かんがえる  石川 智

元・引きこもりFPからの提言 ~今からできることを、今考える~

福祉ファイナンシャル・プランナー(FP) 石川智

20代の私を反面教師に

今でこそ講演で多くの人の前に立つこともあるし、地元のテレビ番組に出てしまっていたりするが、私、実は20歳~22歳にかけて「プチ引きこもり」をしていた。当時の私は、大学受験に失敗し、地元を離れて、世田谷にある下宿で浪人生活をしていたが、段々と予備校に行かなくなり、1浪で臨んだ受験は全敗してしまった。

親には希望を持たせてしまっているのに、それを全く実現しようともしない自分を卑下しながら、徐々に私は下宿先の自分の部屋から出なくなっていった。夜間の銭湯や、深夜のコンビニには行けるが、予備校は当然のこと、「昼間に人に会う」なんてとてもできなくなり、段々と友人が減り、さらにまた部屋に閉じこもる、という生活になってしまったのである。

幸いだったのは「親と離れて暮らしていた」ことだったが、親の脛をかじり続ける自分に嫌気はさしてはいたものの、そこから一気に脱出する気力もなく、2年が過ぎてしまった。そんな私も3浪目にはさすがに「まずい」という気持ちになり、何とか2校を受験して、何とか合格した。その後、何とか大学を卒業して、地元高知で就職。その後様々な経験を経て、現職になったというわけである。だから引きこもり当事者の気持ちは、なんとなくは理解できるし、サロンなどで、部屋から出てきた当事者の話を聞くと、共感することもある。

私は「なぜ引きこもったのですか?」という質問には今でも回答できないが、「なぜ途中で出てきたのですか?」という質問には答えられる。それは「私の2年間を深刻に捉えないでいてくれる友人がいた」ということに尽きる。この2年で沢山の人が私から離れたが、その友人は、しつこいぐらい、決して私から離れてくれなかった。むしろその2年間を「心にちょっとした怪我をした」程度に捉えてくれた友人のおかげで、私はなんとなく「出る」ことができた、と今では思うのである。

リ・スタートを切るにあたり

この友人の立ち位置を冷静に分析すると、本人にとって重要なのは「何時でも部屋から出られる環境が、その時に確実にある」ということだ。この「部屋から出られる環境」とは、「出た時に普通に受け止めてくれる安心感」、そして「何時でも再スタートしていいのだという寛容さ」ではないかと、経験上思う。こうした周りの「ほんの少しの配慮」があれば、引きこもり当事者は、いつかそこから脱する可能性があると言える。

そうして部屋からでた本人に待っている課題は、「生活していくお金」と「生活していくスキル(ソーシャルスキル)」であることは言うまでもない。

ここで重要なのは、「現に暮らしていける」ということと「周りから疎外されない・繋がりを持てる環境にする」ということである。前者に代表されるものが「料理がある程度できる」ことであり、後者の代表が「最低限の掃除ができる」ということである。

料理ができる人は、買い物もできる人と言える。この二つができると、生活にかかるコストが計算しやすくなる。つまり、概算で1カ月にいくらで暮らせるかがわかる。ここからさらにどれくらいの就労が必要なのか、収入が足らない分を親などがどれくらい準備しておくことになるか、などの具体的な「お金」の課題が見えてくる。逆に言うと、料理や買い物ができないと、この「お金」に関する部分は、不鮮明なままになり、本人も、親も、支援者も具体的な就労支援や相続対策に取り掛かれないのだから。

そうして仮に生活を始めたとしても、掃除がある程度できないと、必然的に住環境が悪化し、ごみ屋敷化する危険性が高まる。本人はそれでも「暮らせる」かもしれないが、問題なのは、そうした住環境になると、支援の手が入りにくいという点にある。ごみ屋敷には人はなかなか近づかないのは、誰もが経験上わかっていることであるからだ。その意味からも、掃除やゴミ捨てができるようになっておくことが、重要なスキルと言える。

 

最後に専門家として伝えたいこと

80-50の現実的な課題に「親に何かあった時に、本人のお金は大丈夫なのか?」ということがある。これを「親なき後の心配」と言うが、先述した「生活費をどう計算して、不足分をどう補うか」を本人、家族、支援者で共有しておくことが重要になる。本人ができることと、家族ができることと、支援者ができることは同じことではなく、それぞれが「自分に今できること」を取り組むことで、この「親なき後の心配」は軽減されていくのである。

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