お蔵入りになったインタビュー記事とその後

「お蔵入りになったインタビュー記事とその後」

 

 

記者として取材させていただき心に深く残った出来事がありました。

山田さんにお誘いいただき某市で開催された8050問題の当事者の集いに

参加しました。そこで出会ったのが、70代の母親Aさんと40代のひきこもりの息子さんです。集いの語りの中で「死ぬような思いでここへ来た」と話す息子さんの言葉が気になり、終わったあと話を聞きに行きました。その時の息子さんは本当に言葉少なな様子。

一方お母様は朗らかで話しやすい雰囲気の方でした。じっくり話を伺うため後日改めてインタビューをお願いします、と厚かましいお願いをしてから1月ほどたち、お母様の取材が実現しました。

しかし聞けば息子さんには一切言わずに来た、くれぐれも伝えないようにとおっしゃいます。人物特定が出来ないよう細心の注意を払って記事化することを約束しました。

そののち1週間程、いよいよ記事にするぞ、という日の朝のことでした。お母様から携帯に電話が入りました。「やっぱり私が話したことは記事にしないでください。もし息子にわかったらどうなるかわからない」。切羽詰また様子にびっくりした私は、インタビューの掲載を取りやめる事を決めました。8050の当事者である親と子がギリギリの状態の中、なんとか踏ん張って生きていることがやっと実感として迫ってきました。残念ではありますがインタビュー記事はお蔵入りとなりました。

ところがそれで終わりではありませんでした。1年近くたったつい最近、とても嬉しいことが起きたのです。

ある夜、また携帯電話が鳴りました。知らない番号です。誰だろう?と思って出てみると

Aさんの息子さんからでした。1年前と打ってかわって声が元気です。そして、家を出て自立しようとしていると話してくださいました、そして取材に応じてもいいと。なんと嬉しいことでしょうか。その数日後には仕事が決まったという連絡もいただきました。

1年のうちに一体どんな変化があったのでしょうか。

「死ぬ思い」で出てきた集いが1つの大きなきっかけであったことは間違いありません。

近くAさん親子に取材に行きます。今度こそ記事が掲載できます。親子の体験談はきっと誰かの背中を押すきっかけにつながるはず、そんな一助になれたらこんなに嬉しいことはありません。

 

(ジャーナリストM・Y)

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