ひきこもりの方々が親の死に遭遇した時

ひきこもりの方々が親の死に遭遇した時

ひきこもりの子どもが、親が亡くなった時、どうすることもできず、結果として警察に死体遺棄事件として逮捕される、ということが起こっている。例えば、2018年4月に神奈川県で49歳の男性が76歳の母親が亡くなった時、死体遺棄容疑で逮捕された。

 

京都市東山区で全国のひきこもりの方々を支援している山田孝明氏によると、「ひきこもりの人々は、今まで社会に背を向けてきた人たちである。なぜ彼らが親の死に際して、葬式という社会的な儀式をすると考えるのか。」とのことである。

 

たしかに冠婚葬祭とは、最も社会的な活動と言えるだろう。他者の特別な出来事に対して、集まり、祝ったり、弔ったりするのは人間的な行いである。

アリストテレスは、「人間は社会的動物である。」と書いた。

 

しかし、ひきこもりの人々は、結婚式などのお祝い事には、家族・親族から呼ばれず、あるいは呼ばれても行けないというケースもある。前述の山田氏の語るように、なぜ親の葬式だけは行うのが義務とされるのか。

 

必死で生きてきたひきこもりの当事者の方々と親の方々が、親の死という出来事に際し、警察に逮捕されるということは、私は許せない。社会の側も、ひきこもりの方々やその家族の方々に「背を向けてきた」のである。親の死という出来事に限り、社会が引きこもりの方々に介入してきて、罰を与えるというのは、不公平なことではないだろうか。

山田氏によると、山田氏の電話には、引きこもりの方々から、「親が亡くなりました。」という相談がかかってくるという。山田氏の様な支援者に会えているということ、電話ができるくらいのエネルギーがあるというのは不幸中の幸いであると思う。

 

完全に孤独な状態のひきこもりの方々、社会と関わっていないひきこもりの方々が、親の死に際し、どうしたらいいのか分からない、というのは容易に想像ができることである。

私達はひきこもりの方々が親の死という出来事に遭遇した時に、社会から罰せられるのではなく、「葬式という社会的な儀式」ができるように手伝いをしたいと考えている

投稿者 西川 和弘

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