近刊予告 「我が心は石となる」-  著者 山田孝明

高橋和巳氏著書「わが心は石に非ず」という本があります。学生運動盛んなときにだされた本です。私は40年以上前に読んだ懐かしい記憶があります。

そのタイトルと似ていますが、時代という大きな流れの池に、私もまた小さな石を投げてみたいと思ってます。(山田)

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はじめの一歩「友よ、ともに未来を生きよう」を読んで マイケル松尾 

この本を読んで、山田さんの引きこもり支援の濃密で雄大な歴史を感じることができた。

特に、しょっぱな、はじめの一歩(K君への返信)では、これは私への返信ではないかとも思えた。私も緊張と不安がつよくて、自分で勝手に「自分なんかここにいていいのだろうか?」と自分で自分を評価してしまう。評価は人にまかせればよいのに。その結果、人の中にいるとオドオドしてしまい、自分の存在が不安になり、いたたまれなくなってしまう。今はなき、ライフステーションでも、何度も、皆の中からスッと消えていなくなってしまうことがあった。そのたびに、山田さんや、心配したスタッフの方々、メンバーの方々が、私を探しにきて頂き、私は、緊張と不安から一時的に解放された安堵感を味わうと同時に、見つけて頂いたときには、気恥ずかしさを感じた。
はじめの一歩(K君への返信)にもあるように、私の目は内側に向かってしまっている。もっというと、本来なら、外側に向けるエネルギー(仲間との会話や、趣味など)より、内側に向けるエネルギー(自分が存在していいかどうか、自己存在への不安、心理的なしばり)が、極端に大きく、いっぱいいっぱいで、外側に向けるエネルギーにとても、使えなかった。内側と外側のエネルギー配分を間違っているんです。だからとても、生きづらい。もちろん、同じ体験をして、人が普通に10を吸収することでも、エネルギー配分が間違っていたら、緊張と不安でいっぱいになるから、1か2しか吸収することができない。そうなったのは、幼いころの家庭環境とか、それに基づく自己肯定感の低さの問題とか、色々、あるんです。
ちょっと、僕は、自分を掘り下げてしまう癖があって、そうそう、この本を読んだ感想でした。
町田さんの「働いて自立さえすれば全ての問題は解決する」という項目、今の私も時々、ふっと思うことで、世の中の同じ年の人は、会社でバリバリ働いているのに、自分は怠けているのではないかと思ってしまいます。それは、とてつもない焦りとプレッシャーです。自分の人生は、もう終わったとも思います。
そういう気持ちになるのは、とても苦しいから、「働いて自立さえすれば全ての問題は解決する」と。とにかく、働いて自分で自分を養えるようになれば、それで全てOKなのだと。しかし、ややもすると、この世の中は、助け合いの世の中なのだから、仕事だけの問題ではなく、人間関係だけは、生きている以上、避けて通ることはできないという、堂々めぐりのスパイラルに陥ってしまう。
今のありのままの自分を客観的に捉えたとき、やっぱり自分にとって、居場所や、同じ境遇の仲間は必要不可欠なのだと思います。
この本を読んでいるうちに、ガチガチの価値観で、人生を悲観していた心が、ゆっくりほぐれてとろけていくのを感じました。
本書が、暗闇にいる方のはじめの一歩になることを願っています。
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居場所の考察について   会員パスポートNO69

『輝ける闇の光の中で』の第一章に、次のような言葉が出てきます。

居場所とは-若者の経済的なものを保障するのではなく、『生きててよかったんだ』という若者の気持ちを受けとめる場所なのだ。いますぐにでも消えそうなロウソクの火でも絶望して暗闇の中で見たらとても明るく輝いて見えるだろう。

居場所とは

社会の片隅で生存保障のメッセージを発信し、受け取る場所なのだ

またそうでなければいけない

ひきこもりについて話をすると、たまに「ひきこもりには家という居場所があるだろう」という風なことを言われることがあります。ひきこもり先である“物理的な”自室や自宅は衣食住が確保されているし、生きながらえることができる、という意味では確かにそうでしょう。しかし、そうしたひきこもり先が精神的に安定して居られる〈居場所〉であることはとても稀なように思います。どこにも居場所がないけれど、死を選ばない限りはどこかに居続けなければいけない。そういう状況で最後に残った場が自宅や自室であり、そうした場はとても苦痛に満ちたものです。そこから抜け出すために「とりあえず何かしてみる」には、相当な勇気やエネルギーが必要で、しかしそういう勇気やエネルギーは、苦痛に満ちた場に居続けることでどんどん減っていきます。元気な人はそれでも「なにくそ」という気合でそれを跳ね返したりできるのかもしれませんが、そのためには自分という存在を自分自身がかなりの程度認めてあげられている状態でなければ難しいように思います。

「生存保障のメッセージ」というのは、おそらく、その人の存在を保障するということで、それも、何か自身の能力といったものと引き換えにではなく、ただ純粋にその人個人を認めるということではないかと思います。「ひきこもり状態にある」ということだけで社会的に誰からも認められないのではないか、という思いが強いひきこもり当事者にとって、こうした存在の保障はとても貴重です。そうした「存在を保障されている」という実感が、世に言う「勇気」であるとか「生きるエネルギー」の源泉であるように思います。

 

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声なき声を聴く  古田京子

私は公立中学校の教員を約30年したのち、福祉事務所で家庭児童相談員をしておりました。その時に、縁あって、「京都府日常生活自立支援事業」の「おれんじハウス」にスタッフとして誘われ、そこで山田さんに初めてお会いしました。

中学校は学校教育法、家庭相談員は児童福祉法や児童虐待防止法によるもので、対象としているのは18歳までの子どもたちとその保護者です。彼らの抱える困難やその環境などは、常に意識の前面にありました。でも「18歳以上の人」イコール「大人」であり、「大人」について考えることはほとんどありませんでした。「ひきこもり」という言葉は知っていましたが、彼らの抱える苦悩を思い図ることはしていませんでした。

山田さんと出会い、社会の中で孤立感を深めてしまった若者(年齢的にはもう若者といえない人たちも含め)が決して少なくないことを知りました。もがき続け、気力を失い、自分を否定し、また、ご家族も苦悩の中にあることを、肌で感じることができました。

「名前を呼ぶことが大事だよ」といい、居場所に来た若者に新しいニックネームをつけたり、「スキンシップがいいね」と青年をハグしたり、得意の手品で笑顔を引き出したり、マジシャン山田のそばにいると、私自身が知らなかった人たちに出会い、彼らの生きざまからいろいろな学びがありました。近江舞子のキャンプでは、多くの「大人」が集まりました。立場の違う人たちの安心できる集いの場でした。

私は、山田さんと出会えたから、社会の中で置き去りにされている「ひきこもっている人々」のことを知ることができたと思っています。ちゃんと知ることが、同じ社会に生きる仲間として、まず大切なことです。

今回「輝ける闇の光の中で」が発刊されたことで、今まで声にならなかった若者の叫びが伝わり、訪問活動の記録からその場の情景が浮かびます。そのことは、「ひきこもること」をより多くの人が考えていくきっかけとなるように思います。

心を揺さぶられる一冊です。多くの人々が手に取られることを願っています。

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ずっと疑問や違和感がありました。支援者の考察より  竹田 正

山田さんへ 2つ印象に残ったところを書きます。

まず1つ。M君からの手紙です。読んでいる途中、ひきこもり当事者でありながら忘れかけていた当時の自分自身の絶望感が蘇ってきました。とてもリアルにひきこもり当事者の精神的な状況を表していると思いました。彼の言葉にある「どれだけ命を続けているばかりに焦らされ、他人の幸せによって心をズタズタにされなければならないのだろうか」、「どうしょうもない惨めな生き方をした自分自身に復讐してやる」・・・かなり追いつめられた切羽詰まった感じがありありと伝わってきます。きっと見えない敵と終わることのない闘いを続けてるのかなと想像できます。他者との対話がなく孤独の中でモノローグを続けていると、人間はM君のように見えない敵との闘いを強いられるのかもしれません。

そして2つめに印象に残ったのは、支援者についての考察です。文中のP88「支援者は遅かれ早かれ変質するものだと思っている。」「善意の道は地獄に通じる」 P167「抜け殻には生きた生命体は存在しない」「支援者自身のための支援組織」 このような言葉は現在の支援に関わる人や組織を忠実に表しているように感じました。自分も今は元当事者から支援者という肩書で働いていますが、ずっと疑問や違和感があった事を言ってくれてかなりスッキリしました。と同時に、ではどうすればよいのかという、不安感も抱いている次第であります。これは永遠につづくのかもしれません。人の心に関わる事ですから結論はでないでしょう。

 

竹田君はライフアートに在籍して社会へ。結婚、子供一人

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新しい代表。責任者きまる

2月1日イシス出版の代表に 志別 亘氏に決まりました。新しい船出となります。皆様のご支援宜しくお願いします。

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新刊発売 著者編 町田弘樹 友よともに未来を生きよう

ご購読希望者は 弊社に直接申し込みください。ホームページ内 出版物の販売についてを参照してください。

 

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KHJ全国家族会調査結果 新聞報道を受けて。街が燃えているー京都炎上

今朝、僕が三条通りを歩いていたとき道端に茶色に変色した「妄想日記」と書かれたノートを拾いました。一部は破損していましたが、僕には興味ある記述がありました。

 

202X年12月4日、深夜 けたたましい消防車のサイレンが鳴った。私は驚いて家を飛び出し、何があったのだろうとあたりを見まわしました。上賀茂の方に火の手が上がっているのが見えた。強風にあおられ激しく燃えはじめていた。3日前にも岡崎天王町あたりに未明火の手があがり次々と燃え移り、木造住宅はすべて焼け落ち多くの人が着の身着のままで逃げ回っていた。噂は本当だったのかもしれない。誰も住んでいない一軒屋から突如火柱が立つという不気味な噂だった。翌朝、鴨川の河川敷にいくと、仮設テントに上賀茂地区から焼け出された人々が支給された毛布を身にまとい石油ストーブの周りに集まっていました。その中の一人が京都未来新聞の朝刊を持って読んでいました。大きな見出しに「一本のロウソクから」と書かれていました。私は覗き込むように記事をよみました。私は胸が突き上げられるような熱い思いがこみ上げて、目頭に涙があふれました。記事の内容はー上賀茂××町の××宅から出火。出火の原因はその家に住む●●さんが使用していたロウソクがカーテンに燃え移った可能性があり。12年前にご両親がなくなり45年ひきこもっていた65歳になる●●さん宅の電気がとまり、ロウソクで生活をはじめたばかりだった。(一部判読不能)

 私も昨年母が亡くなって一人ぼっちになった。32歳からの25年間のひきこもり生活を思い出した。雨戸を閉めて身をひそ・・・・・・・・(欠落部分)

 

日記はこの部分で終わっていますが、僕はこの「妄想日記」を読んで戦乱でもないのに近い将来、京都市の三分の一が消失するかも知れない文章に 僕はハッとし愕然としました。

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新刊できるー友よ、ともに未来を生きよう

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「輝ける闇の光の中で」を推薦します

音楽療法士 中澤あすか(京都府)

 

引きこもる若者たちのことを、この二十数年まるごと受け入れてきた山田さんにしか書けない本です。暗闇の世界でじっと動けずにいる若者のことも、寒空の下で終電までどうしても電車に乗れずにいる若者のこともそのまま受け入れ(そしてそれに付き合い)、必要ならば思い切って家出まで勧めてしまう山田さん。引きこもる若者の、その時のその在り方から一緒に歩き始めることって、言葉にするのは易しいけれど実際には並大抵ではできません。「輝ける闇の光」…社会の「光」が強烈になってきているからこそ、その眩さに目がくらんで、心の中の「闇」もより深くなってきているんじゃないか… 闇も、光も、他人事ではなくどちらも自分のものとして生きてゆくにはどうしたらいいだろう? 訪問活動や引きこもり支援という枠組みを越えて考えさせてくれる本です。

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