僕たちのしゃべり場

9月の開催予定はSea Fieldでします。待ってます

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9月4日講演会のお知らせ

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みんなきてくれて、ありがとう。

神戸と岡山のメンバーがきてくれたよ。焼肉交流会

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通信をだしてます。定例会のお知らせ

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エスポワール203 出会いの会

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顔の見えるネットワークをめざして

5月23日旭町ソーレにて行われたシンポジュウム講演会が無事終了しました。

多くの方々のご参加ありがとうございました。

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通信ができました。事務局と居場所もできました。

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なぜ僕は親をなぐったのか

なぜ僕はなぐったのだろうか

僕にはわからない

いつの日か気づいたとき

僕は親をなぐり続けていた

でもよく考えてみると

これは僕にとって

親の見えない暴力に対する戦いだったのだ

親の見えない暴力を

これほど見える形に訴えても

親には伝わらなかった

僕を人間として扱わない暴力

僕を親の思い通りにしようとする暴力

親を批判する僕を病人扱いする暴力

僕がなぐってもそれを無視する暴力

僕を考えることができないと見下す暴力

あなたがこんなひどいことを

毎日し続けてきたことを

なぜ認めようとしないのだ

「私はおまえのことを考えてやっている」

「子どもことを考えない親がどこにいる」と言って

あなたは僕の話に耳を貸そうともしなかった

なぜあなたに僕のことを

考えることなどできるのか

家の中でもたてまえで生きているくせしに

すべてわかった物知り顔をして

自分だけが正しくてわるいのは僕だけだと・・・

もうやめてくれ

あなたが僕に人間らしくふるまってくれるのなら

あなたが自分も人間だと認めるなら

もうなぐったりはしない

でもあなたはいつも優等生だった

ほんとうは馬鹿なくせして

ほんとうは駄目な人間だと思っているくせに

なぜ僕の前で本当のあなたを出してくれなかった

僕を病人扱いにして

カウンセラーのところにせっせと通い

僕の「病」を治そうした

でも僕は知っていた

あなたの病気がすぐに治ることを

ほんとうのあなたを出してくれるだけでよかった

僕の話に耳を傾けてくれるだけでよかった

僕はさびしかった

僕は人間の愛が 生きた人間の愛がほしかった

でもあなたは気づいてくれなかった

「あなたのことが心配で、心配で・・・」

「困ったことがあったら何でも相談してね」と

学校の教師のような顔をして言った

なにを話しても 何を相談しても

「勉強しなさい。

そんなことは考えても仕方のないことよ。

考えても仕方がないことで悩むなんて、

もうやめなさい」

僕は親になぐってほしかった

僕は親にどなられたかったんだ

「甘えている」と言われても

僕は親にあまえったかった

だから 僕は 僕は 親を

なぐったんだ なぐり続けながら

僕をなぐってくれ! 僕をなぐってくれ!

でも だめだった

親は能面のような顔をして 僕を見下した

僕を軽視し困り果てた顔をしていた

もう僕に残されたことはただひとつ

親を殺すことだけ

僕の存在を無視し 僕を者扱いして

僕を奴隷としか見なかった親

その鎖をどこまで引きずっていけといううのだ

その鎖は親の死によってしか断ち切れない

僕はいま そこまで考えている

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事務局が決まりました。エスポワール203です

よるべなき人たちとともに歩みます

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5月10日スタートします。090-3676-1430まで

「限界家族」とよるべなき人たち

かつて、山間地などで限界集落と呼ばれた地域が全国に出現しました。いまなお過疎化進み集落からいくつものの家族が去り、残った家族には年老いた人たちが生活し続けている地域が存在しているだろう。限界という言葉には孤立して消え去るイメージが付きまとい、時代と社会変動により充分に起こりえる現象です。

私たちはひきこもりの子を持つ当事者団体です。子どもが長期にひきこもりそれを支える苦悩も知っている団体です。家族会運動が始まって30年ほどが経ち、親も子ども高齢化して8050問題も起きました。そして孤立している「限界家族」と呼ばれる家族が存在するようになりました。この「限界家族」に思い寄せることができる当事者団体でもあります。

10年前に東日本大震災が起き多くの人が津波に襲われ流されました。残された家族悲しみは計り知れず、いまなお祈り続けているのです。実はこの限界家族も津波におそわれていると考えれます。私たちには目には見えない津波なのです。膝から胸へとゆっくりと津波に飲み込まれようとしているのです。津波に流されながらも流木にさえつかまることができない社会のなかで孤立した家族なのです。よるべなき人たちです。「限界家族」の存在に胸をかきむしられるのは私たちだけでしょうか。心ある多くの人とともに限界家族の発見と支援の活動が急務となっています。

5月10日「限界家族」支援センター高知(モデル事業)開所へ

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