京都オレンジ家族の会 10月定例会

ご家族様

予定どおり開催しますので、ご出席のほどよろしくお願いします。

開催日時:
10月22日 13:30~15:30

場所:

京都市東山区西町151 ライフアート

議題:
・KHJ全国ひきこもり家族会連合会の資料

・当事者、家族の近況報告
・(都合がつけば)元当事者のお話など

山田さんへ

最近連絡が取れていませんが、お元気ですか?
今月の家族の会で、元当事者のお話しをしてもらうことはできますでしょうか?
ご都合がつけば、よろしくお願いします。
以上、よろしくお願いします。          五十棲
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ジョニーが来た。そしてさわやかな風となり、去った。10月14日

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人と話して、笑うなんて。10年近く忘れてました。

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10月5日パスポート番号NO100ー記念日。社会の中で居場所も歩きつづけることの大切さ

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10月5日、滋賀県からS君(34才)が訪ねてきてくれた。「人とつながりたい」という彼の言葉が胸をうった。あなたがパスポート番号NO、100番ですよと伝えると、とても喜んでくれた。東山三条の大吉で歓迎の乾杯して別れた。

 

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将軍塚へバードウオチングに行きました。翼はなくても自由に!

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家族会ではなく市民の会としてエスポワールの集会が開かれたことに希望を託したい。

「親亡き後」の主語は誰ですか         川北稔(愛知教育大学)

 

2017年8月27日、しんらん交流館大谷ホールで「市民の会 エスポワール」の「フェスティバル」が開催された。シンポジウムのテーマは「看護と看取り」だった。

ひきこもりが長期化しているといわれ、ひきこもる親も本人も高齢になる。「親亡き後」というテーマで集会が開かれることもある。

少し疑問に思うのは「親亡き後」という言葉を多く使うのが親自身だということである。この「親亡き」の親とは、もちろん親からみた親(ひきこもる本人からみれば祖父母)のことを指しているわけではない。自分自身が亡くなることを指して「親亡き・・・」と言っているのである。

人間は、他の人との関係で自分の役割を与えられるという。子どもとして生まれた時、まだ「自分」という存在ははっきりしていない。養育者に世話をされることで自分が「子ども」だということがわかる。「妻」ができると自分が「夫」となる。「子ども」ができると自分が「養育者」となる、などなどである。子どもを持つ人も年老いて養育者ではなくなり、周りから「看取られる人」になるはずである。

「親亡き後」という言葉は、高齢になっても、亡くなった後も養育者であることから離れられない人の姿を表している。高齢期や、最期をどのように迎えたいかというワークショップを開くと、一般的には個人としての人生の閉じ方を考えるものだが、ひきこもる子を持つ親は白紙の状態になってしまい、考えることができないという。最後まで自分に戻ることができず、「親(養育者)」であり続けるからだろうか。

一方、ひきこもる本人はどのように考えているのか。少し古い資料だが「全国ひきこもりKHJ親の会・北海道支部はまなす」の会員調査では、最年長は80歳という親たちが⼀番の悩みとして「ひきこもりから踏み出す方法や支援」(54%)、「親亡き後の子の生活保障」(27%)を挙げた。しかし本人は「就労する場の確保」(30%)などが悩みであり、「親亡き後の自分の生活保障」を挙げる人はいなかった(北海道新聞 2004年10月22日)。

「親」とは本来、子ども側から見た言葉だろう。しかし子どもが「親亡き後」を心配するというよりも、「親」が子どもから離れられない現実のほうが大きいように思える。親たちを養育者の立場に縛りつけず、自分自身の人生の閉じ方を考えられる社会にすることが、子どもたちの自由につながっていくのではないだろうか。家族会ではなく市民の会としてエスポワールの集会が開かれたことに希望を託したい。

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