私は、幼い頃から人と向き合うことができませんでした

私は、幼い頃から人と向き合うことができませんでした。自分の思っていることや気持ちを素直に出すことが、こわくてできずに、周りの人の都合に合わせた自分を作りだし、それを出していたように思います。対等な関係というのが、体でわからないままでいます。
それで、表面上は、人間関係がうまくいっているように見えるのですが、無理やり作った自分を出しているため、どうしても心がボロボロになり、しんどくなって、表情も疲れた憔悴したようになり、人間関係が、苦しくなってしまい、人と会うことに疲れ果て、ひきこもってしまいます。
そのうちに、自分の感情が自分でわからなくなってしまいました。
私は、今、37才になるのですが、人とあまり向き合うことなく生きてきたので、人との距離の取り方や、その場その場におけるふるまいが、わからなくて、自信もないので、人や社会がめちゃくちゃこわいです。人と会うと、精神が押し潰される感覚になります。それが体に出てきて、肩こりになったり、表情がひきつってしまいます。そして、その場にいたたまれなくなって、フッといなくなってしまいます。
高校を卒業するまでは、何とか通えたものの、大学に入ると、履修の仕方など、わからないことが出てきたときに、それを聞けなくて、自分の中だけで抱え込んでしまい、苦しくなって、結局、中退してしまいました。人に甘えたり、頼ったりというのが、すごく抵抗があったのです。
もっと言うと、人の中で安心ができないのです。
山田さんが書かれた『笑いと悲しみと共に生きたい』の中に、「何で俺を産んだのだ 俺の人生返せ」「産んだ親の責任だ。責任とって俺を殺してくれ」とありますが、その言葉にすごく共感しました。時々、強烈に「何で私は、あの親の元に産まれてきたのだろう」と自分を産んだ親に怒りがこみ上げてくることがあります。過去を思い返して、あの時、家族が、自分に、こう接してくれていたら、よかったのにとか、死ぬほど思うことがありますが、思い返しても仕方ないです。一方で私も40代間近になり、親も70代近くなり、親に申し訳ないという気持ちも感じています。今のひきこもっている自分自身を責めてしまいます。いっそ、この世から消えたいとも、思います。
今の私には、死ぬか殺すかの選択肢しか見えてない気がします。
そんな中、『笑いと悲しみと共に生きたい』を読んでいて、色々な方々の苦悩に触れるにつれ、苦しいのは、自分一人ではないのだとわかり、少し楽になりました。
必要なのは、同じことで悩んでいる仲間なのだと思いました。
仲間の中で生きるエネルギーは、つくられるのだと、この本を読んで感じました。
新たな苦悩の誕生を願って。
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