生き続ければ、笑うときもあるよ

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石垣島ツアーします。11月1日から5日まで

参加希望者はワクワクして待っててね

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もう帰らない。もう帰れない。農業で生きる

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花の女子会

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山田さんの「笑いと悲しみと共に生きたい」を読んで

山田さんの『笑いと悲しみと共に生きたい』を読んで

当事者の声、保護者の方々の声がたくさん載っていて貴重な本だと思いました。僕が興味をひかれたのは、P72からの足立さんの書かれた文章です。ライフアートの活動やなにげなく話をしていることが『生きるためのエネルギーを回復する』と描かれていることが良いと思いました。実際、2年・3年と陶芸教室に参加されたり、テーブルを囲んで話をしたり、トランプをしたりされている方々は、以前よりも元気になられていると感じます。そういった所から、「この周囲に対するふんわりとした信頼感」(P79)というものが生まれてくるのだと思います。

就労支援の事業所等々から社会復帰を目指すといったこともすばらしいこととは思いますが、それを行うにもエネルギーが必要です。さらに、事業所の職員さんや、同じ参加者の仲間に対する信頼感もあった方が良いと思います。

僕自身7年ほど、ひきこもりの状態から、初めて訪ねた場所では、エネルギーも信頼感も足りず、通い続けることができなくなってしまいました。ライフアートでの活動でそういったものを貯めることが大切なのではないかと思っています。

 

Kより

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喜怒哀楽が感じられるようになった

今8050問題が注目されているが自分もその年齢に近いので他人事とは思えないと考えることもあります。

12年前のサッカーW杯でフランスの有名な選手がイタリアの選手に頭突きをしてレッドカードの一発退場になった。それをTVで見ていた。僕も絶望していたのでこの世から退場してもいいかなと思っていた。社会に出て仕事をして世の中に対応している人間が憎かった。どうやって外の世界に出ていいのか分からなかった。他人や他人の視線、他人の評価が怖かった。あるきっかけがあって今は人の世でそれなりに頑張って暮らしている。だけどそれは紙一重でそのチャンスを逃していたら今でも引きこもっていたかもしれないと思うのです。

僕はだいたい7年間程引きこもっていたのですがそれを経て外に出て感じたことを挙げてみます。最初は他人が怖かった。親から家から離れて気持ちがラクになった。一人暮らしをしてさびしい気もするけど自由だとも思う。多くの人と会って話をしたり交流して様々な価値観に触れることができて自分の考え方の幅が広がった。人っていいもんだなと思えることができるようになった。仲間と飲んだり食べたりおしゃべりしたりすることが楽しい。喜怒哀楽がかんじられるようになった。人は自分が思っている程、他人のことを見ていないし考えていない。みんな自分のことで精一杯。人は親切にされるとその人に対して親切にしようとする人が多い。

あと山田さんから教えてもらった名言で印象に残っているものを書きます。人生は演技なのでその場に応じた行動、発言をすればよい。クビと言われるまで仕事を辞めない。

とりとめのない文章になりましたが以上です。

 

高倉弘

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京都 ひきこもり女子会始まりました。 次回は9月14日(金)   

ライフアートで女子会が始まりました。

男子禁制です。

第二と第四の金曜日です。 問い合わせ075-751-7276

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フジワラ君 農業で生きる 高知の安芸市へ

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私は13年間ひきこもってました。 

 

 私は13年間ひきこもっていました。始まりは30か31歳の頃で、今は外に出る最後の人生のやり直しの機会だと思い、約1年前から外に出るようになりました。そのベースは小学生時代にあったと思います。

  当時、今もですが、感受性がなく、何が楽しくて何が悲しいのか他の人より感じが鈍いと感じていました。本を読んでも文面からなにも感じられなく、感想文だったり、内容をまとめたり、グループトークも苦手で苦痛でした。運動も出来ず、いつもどうやったら受けられずに済むか考えていました。

イジメられたり、先生に教壇の前に立たされ注目されるなか、「どうして出来ない?」、「どうして宿題してこない?」などと、それが私自身分からず答えられず、いつも怒られ叩かれるうちになにも出来ない無能だとレッテルを貼られ、劣等感や自分自身を否定されている感じ、自尊心を傷つけられ続け、注目されることに恐怖となっていきました。その度に蔑まされている感じでした。

誰かに怒られないか、嫌っていないか、見られていないか、周囲を気にし、怒られないように、嫌われないように、目立たないように心がけるようになっていました。常に怖さが付き纏っていました。

 中学3年の時、担任が毎日私用に宿題や補習に付き合ってくれ、勉強が楽しく感じられるようになり、無事高校へ入学できました。

 高校では、成績上位になる事ができ、クラス内でようやく自分の取り柄が見つかった気がしましたが、自信には繋がらなかった。成績を維持しないとダメだ、そうしないとまた私にはなにも出来ない者になってしまう。怖かった。そして、1人孤立するとまた標的にされる恐れ、目立つ。避けるためにいくつかのグループを転々となんとなく属し、やり過ごしていました。友達もおらず、クラスメイトと放課後何処かに行くこともせず、授業が終われば即帰宅、部屋の中にひきこもった毎日でした。目立たなくするには、校則や他のルールも破ってはいけない、キチンとしていないと。いつしか少しのルールも破る事が怖くて、いけない事だと自分自身を縛ってしまいました。

 大学受験失敗、公務員就職失敗、周りが就職を決めている中、残りは私だけ。なにも出来ない、人が苦手、他にもやりたい事も見つからず自暴自棄になってなにも手に付かない時に、運よく就職先を見つけてくれ、就職できました。

 

社会人になってからも生活、性格は変わらず、仕事が終われば即帰宅、付き合いもせず、たまに参加してもコップは逆さまのままで、話す事もなく壁を作っていました。

 一時期そんな状況を変える事が出来ました。社会人2年目の頃、内に籠っていたのを心配し、親戚が半ば強引に喫茶店の内装工事に連れて行きました。そこでは5〜10歳上の大人達が常に気にかけてくれ、ありのままの自分を受け入れてくれたと安心感を与えてくれ、また普通にしていたら、経験できないような色んな経験をさせてもらいました。言葉にして想いを出す事は難しかったですが、次第に会話もできるように心も開けるようになりました。今話せるのは、この時期があったからです。仲間たちの合言葉が「about(だいたい〜、ほぼ〜」、「ないものは作る」でした。この「aout」は、ルールに縛られ「〜しなければならない」、「〜を守らなければならない」の塊だった私を楽にしてくれたのかもしれません。同窓会に参加した時、あ〜やっと皆と同じ位置に立てたと感じました。

 

会社でもコミュニケーションが取れるようになり、ただ仕事をこなすだけだったのが、目標も持てるようになり充実していました。しかしコミュニケーションが取れるようになったものの劣等感、自己否定は消えないままでしたが、劣等感や自己否定、自信がなくとも他人よりも数をこなせば良い、目標さへあれば上に上がれる変な自信が付いていました。しかし、プレッシャーに弱く1/10も力が発揮できず、他人よりも何倍何十倍も経験、技術を積まないといけない思いが強くなり、0か100の世界に入ってしまい、100回熟そうが1000回、1000回熟そうが1度気にいらなければ納得できなくなっていました。目標も高くなり、もっと先の世界が見たい、技術職より研究職を望むようになり、人事異動の波に乗り、研究職の世界へ。

 覚悟して移動したものの、次元が違った。学歴の差が大きく、必死で追いつこうと仕事をこなしていたものの、もがけばもがく程に自信もなくなり劣等感も強くなり無力さを思い知り、追いつく為、無力さを忘れる為、どれだけ仕事を増やしても追いつけない。全然追いつけない。私には無理。何も出来ない。価値がない存在かもしれない。高卒の私の代わりはいくらでもいる。恐怖が出てきて、同僚の目が心の奥底まで覗かれているようで、何も出来ない自分を見透かされている感じで押しつぶされてしまう。次第に存在価値を見出せなくなり、生きている意味も分からなく、死を意識するようになっていきました。自然と高いところへ行くようになったり、眺めながら逝こうかなとしていました。駄目だ出来ない。死を願う気持ちを消すために、もっと仕事を増やして考える事をやめさせないといけない。次第に「助けて」と言えなくなり、また思いを出せなくなっていました。

 私生活でも人と関わる事に疲れを感じ、私自身を演じ明るく振舞っていただけではないかと思い、そこでも自分を出せなくなって、距離を置くようになり、携帯番号を変え、連絡を絶ちました。

  色んな想いを抱えながら転職先を求め、ハローワークへ通いましたが、高卒で研究職の求人はなく、私には何も武器になるものを持っていない事に気づきました。

 きっかけは分からないが、死ぬならその前に学歴社会の日本より実力社会の海外へ行こうと決心しました。

 退職して、駅前留学で英語を学び、専門学校へ入学しインターンシップ制度を利用し、少しずつ上を目指そうと計画を立て、専門学校へ入学しました。途中退職前から体重が激減し、頭痛でのたうち回っていました。その時、死にたい、死ぬ機会が欲しいとずっと思っており、身体が心が自然とカウントダウンをしていたのを感じ、受け入れ、放置していました。しかし、家族に病院へ連れて行かれ、そこでⅠ型糖尿病と診断され、即入院でカウントダウンの2、3日前の事でした。死ぬきっかけを逃した想いと再出発できるかもという2つの思いがありました。その後、オーストラリアでインターンシップを経て、内定ももらいました。しかし、VISAが降りず、そこから私は何をしたら良いのか、何が出来るのか、何がしたいのか分からなくなり、こもってしまいました。こんな状態を学校の同級生に見せられないと、ここでも卒業後、同級生たちの連絡先を消去し、繋がりを断ちました。

 

 先の事、現在の事、仕事の事、家族や周辺の目などが恐怖になり、なんとか仕事を見つけないとハローワークへ行って講習会も出ても、世間の目が怖くこんな状況を言えない、履歴書にも書けない、恐怖で先へ一歩も踏み出せない。現実と自分の価値の差が大きく、ひきこもればこもるほどに恐怖と死が増大し、それを消すため、逃れるために感情を消し、考える事をやめ、ネット社会に篭りました。その時だけが忘れられた。

昼夜逆転はなかったが、昼夜カーテンは閉め、親が外出前に起床、朝食をし、自室でネットゲームや読書、親が帰宅直前にトイレを済ませ、自室でまたネットゲーム(変に思われたくなくて、時間帯でゲームを変える)、親が階段を上る音でPCの画面を消し、読書してても、寝てても飛び起き、あたかも何かをしてる振りをする。本当は部屋に入る事を拒絶したかった。

 とにかく存在を消したかった。存在を消したいのに、親に「やめて」と言っても、平気で名前を呼ぶ。親がいる時は行動を先読みしなければならず、神経を尖らせていました。何か私の事を話してるんじゃないかと近所の声や存在にもすごく気を使っていました。電話や訪問客にもビクッとしたり、当然出れません。常に何かに怯えてる感じです。

  考えないようにしていても、この先の不安は消えず、高齢化した親を受け入れられない、先延ばしにしてしまった自分、どうする事もできなかった事を悔い、また死も考えるようになり、いつしか報道で孤独死や衰弱死、親や子供の殺害の報道を見ると自然と受け入れてしまっている自分がおり、それが怖くなり外に助けを求めました。しかし、私が住んでいるところには、生活困窮者や障害者の窓口はあっても、それらに該当しないひきこもりの窓口がなく、若者と銘打っている居場所には抵抗あって除外すると、どこにも見当たらなかった。地域サポートステーションにも行きましたが、39歳までが対象で相談は受け入れてもらえず、ジョブトレーニングのみ利用可でした。ジョブトレーニング中、近くに相談に乗ってくれそうな臨床心理士がいるのに、相談できない事、就労重視でひきこもりを分かってもらえていない事の苦しさや悲しさ、苦痛に耐えられずやめました。

  京都市で市民の会エスポーワール京都の立ち上げに参加した時、非常に多くの家族や当事者の方が参加されているのを見て、話を聞いて、苦しいのは私だけじゃないと安心感と危機感を感じました。京都市のようにサポート体制が出来ている所でさえ多くの方がいる、窓口さえ分からない私の所では、どこにどのようにして相談、サポートしてもらえるか、分からず苦しんでいる方がもっといる思うと何かしらの方法を見つけないといけない。誰かが立ち上がるのを待っている余裕はない。家族や当事者、関係者と相談、共有し、考えていかないといけないと思うようになりました。

 

 外に出てから今も人、特に目線が怖くてまともに顔が見れないし、居心地が悪い。自尊心や自信もなく、劣等感、人に否定されている感じ、見られている感じ、またこもってしまう怖さに常に何かに怯えている。私自身、何が出来るか何がしたいか、まだ分からない。ずっとひきこもりを抱えながら、折り合いをつけながらも、いつか出来れば早く何か一つでも自分を持てたら、変われるのかもしれないと思っています。

まだ心が元気なうちに、色々な事を出来る事からやっていかないと次への扉が見えない。

  こもっていた期間が長いと、自分の中で処理をしてしまう。思いや考え方が偏ってしまう。人と合わすこともなく。社会経験が乏しく、やりたい事やできる事、コミュニケーションが分からない。ある程度、これらを緩和するには時間が必要で、一般的に何年何十年と時間をかけて培ってきた経験を短時間で身につけられるものではないし、一人では出来ない。まずは外に出る事から生活や同じ経験している仲間達と共に社会に出る勇気、経験、ありのままでいられる、得られる空間が必要だと思います。

 

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絵葉書が来た。ありがとう。心がつながっている気がした

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