他者を求めるシンプルな感情

他者を求めるシンプルな感情

 

今日は午後から京都東山にある蹴上(けあげ)インクラインを歩いてきた。そこは琵琶湖疏水路の途中、大きな高低差のある場所で物資を運ぶために船を台車に載せて運ぶために運転されていた傾斜鉄道で、今は水運の衰退で廃止されている。

そこを歩いている途中にふと寂しさを感じた。他者を求めるとてもシンプルな感情が湧いてしまった。こんな単純な承認回路への入り口があったのだと思いだした。これは思考的なものではなく感情らしいなと感じた。社会的な生き物である上では仕方なさを感じるし、それを一人で味わうしかないのだろうと、大事な事なのだろうと思った。環境に慣れだして心にそういう余裕が出来たということだろうか。

そして、僕の感じていた「嫌なもやもやしてきた熱さ」は抑圧やら言い訳やらなんやらに蓋をされたシンプルな感情だったのだと思う。

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